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But you're so far away
by dec5hiro

カテゴリ:Soliloquy( 443 )
Calm down
心が音を立てて崩れる前に
必死になって波を鎮めようとする
calm down
目も耳も塞いでしまえば
ここから私はいなくなる
breathe , breathe

空を見て 海と同じ
どんなに広くても限界はあるの
届かないだけ
声も 波も
吸い込まれて 戻れない方が
calm down むしろ幸せ
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by dec5hiro | 2010-08-20 15:21 | Soliloquy
いきなり8月。
最小不幸社会の実現を公約に掲げた管政権。
罪の無い子供が社会の犠牲になった事件が
毎時間、毎分、垂れ流しのように扱われるメディア。

国を治める行動を願う国民が描く「最大幸福社会」と、
カネ問題で衆参がネジれ、
本質を見失いつつある国政が目指す
「最小不幸社会」は大枠では違いないはずなのに、
(違いないはず、と思いたい気持ちが私は大きい)
どうしてこうも道筋を外してばかりなんだろう。

社会の、政治の、大人の、日本の、
犠牲になった命を語らずに
「最小不幸社会」の実現なんてあり得ないと思う。
数字(支持率)のために拉致問題・北朝鮮関係の
政治活動を取り上げるやり方も気に食わない。
どうしてこうも政治の世界は濁ってるんだろう。


子供2人が命を落としたあのマンションのベランダが
テレビの画面に映し出される度に
本当に胸が苦しくなる。
母親としての責任を負った彼女だって、
最初から子供の命を粗末にしようだなんて
思ってなかったはず。

妊娠も出産も育児も未体験な私が
価値のアル言葉なんて口から出るわけない。
それはわかっていても、無意識の思いは言葉にしたい。
命を奪われる子供に罪は無い。

子供は母親だけが育てるんじゃない。
社会が育てるんだ。
だから、子供の命を奪ったのは彼女1人の責任じゃなく
私たち全員の責任でもある。
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by dec5hiro | 2010-08-03 12:05 | Soliloquy
人間失格
彼女があれだけ、あの人に執着・固執したのは
自分もそれだけ弱い人間だからだと
そろそろ気付いて欲しい、、と思わなくも無い。
彼女が強くなれた、と自信を持つのは正直羨ましい位だけど、
彼女の視界の狭さには、時として恐怖を感じる。
私がこれほどまでに人間関係の脆さに無感動で
むしろ冷めた目でしか見れなくなったことは、裏を返せば
彼も同じように人間関係の脆さに無感動で冷めた目を持ってるということ。
その分、お互いの必要性が時間とともに、変化とともに
薄れてしまうことを恐れて前に進めない。
今が一番だから。今が大事だから。
その気持ちは儚い、脆いものだと心の底では知ってるから。
人は弱く、でも強いものだとわかってるから。
それを複雑に絡めることなく、2本の糸を1本に結べるだろうか。
----
彼女は言う。
「彼に罪はないのだ」と。
「彼が純粋過ぎたのだ」と。
どこまでが真実でどこからが誇張なのかなんて
私たちには絶対にわからない。
そして、彼女の真実が私たちの真実と同じであるとは決して言えない。
だから彼女の言葉は白でもあり、黒でもあり、グレーでもある。
残念ながら。
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by dec5hiro | 2010-06-28 21:47 | Soliloquy
理想論
理想論を振りかざせるのは現実を知らないから。
現実を知っても、それでもなお理想論を振りかざせるのは
必要性を知って、それを実現する熱意があるから。
もしくは単純に舌先三寸でおしゃべりしてるかの、どちらか。
ほとんどは後者。
だからほとんどは右から左に聞き流せばいいんだけど。
そして自分が後者であることをちゃんと認識しながらおしゃべりすること。
必要性はわかっていても、実現する熱意なんてまったく無い。
それがわかってるのに、簡単に口から出任せばっかり、は無責任だ
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by dec5hiro | 2010-06-26 10:47 | Soliloquy
自尊心
Self Respect/Pride
プライド。セルフリスペクト。
自尊心。
自尊心(じそんしん)

一般的には、他人から干渉されず他者から受け入れられ、
自分を高く評価しようとする感情ないし態度のことであるが、
心理学ではself-esteemの訳語として用いられ、
自己評価、自己価値、自己尊重、自尊感情などの訳語も使われている。

たいていの人は、自分が他人から受け入れられ、
また自分の存在を価値あるものとして
肯定したい願望を意識的、無意識的にもっている。
これが自尊心にほかならないが、その起源は、
ほとんどの両親が自分の子供に与える好意的評価のうちにあるとみなされる。

子供たちは、こうした価値づけを全面的あるいは部分的に受け入れ、
それ以後の経験と評価をそれに一致させようとするわけである。
したがって、幼少時に両親が子供に頻繁に否定的な評価を与えれば、
子供は自分自身に対するこの見方をのちのちまで受け入れてしまい、
自分をだめな人間と決め込んでしまう自尊心の低い者になる場合も生じる。

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社会的自尊心の欠如。欠如というより欠落?欠損?
私に落ち度があったのだろうか。
小学校の時も、中学校のときも。
何もかも、私のせいだったんだろうか。
あんなに苦しい思いをどうして続けようと思えたのだろう。

親にとっていい子でいなければいけなかったから?
覚えているのはわずかだけど、大量に薬を飲めば死ねるんじゃないかと
本気で薬を大量に飲もうと思ったことはある。
手に取った。そこからは覚えてない。
大泣きした気がせんでもない。

死んだら親に迷惑がかかると、それが嫌で自殺できなかった。
小学校に通うことも、バレー部を続けたことも、いじめを告白しなかったのも、
全部親のためだった気がしなくもない。
少年期を楽しんでたとは到底思えない。本当はしんどかった。
人生は駆け引きの連続。駆け引きのループ。裏切りと嘘。

人生は自分のために生きていいと心から思えるようになるには、
まだまだ時間がかかりそう。
自分の思いを大事にすれば、
こんな風に後悔することはなかったんだろうか。
親に「やさしい」と言わさしめる理由は、
自分を殺して相手を生かすことに慣れたから。
それを「やさしい」としか感じ取れない親だということか、
それともそういう子供に育って欲しかったのか。

成長過程で必然的に自分の立場に立つことを覚えられなかった人間は
成人後にその技術を会得できるんだろうか。
自らの言葉を大事にする術を身につけられるんだろうか。
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by dec5hiro | 2010-06-20 11:29 | Soliloquy
閉ざされた世界で前提を問う。
恩師の呟いた言葉にこんなものがある。
「現状が上手く行っているという事は、何かしらの前提に基づいているということを
忘れてはならない。前提に立ち返って次のステップを目指さなければならない。」

上手く行っているとき程、正直恐ろしいものは無い。
なぜなら、あとは落ちるしかないから。
上がり続ける、なんてどこにも、どんな歴史にも登場しない。
すべての物事は誕生し、成長し、頂点に立ち、そして衰えていく。
成長点と頂点にいるときほど、前提に立ち返って再考が必要なのだと。

人は楽な道が好きだし、私も楽な道が好きだ。
上手く行っているときの恐怖をわざわざ取り上げて考えるくらいなら、と思ってしまう。
そこが「楽しみ」を最優先する私の弱点。
何らかの前提があって今の良い状況が成り立っているということを
今の閉ざされた世界で再考するのは良いチャンスだと思える。

前提を取り除いたときに、私には何が出来るか。何が残るか。
正直、ほとんど自信がない。
どんなに求めても、どんなに時間を割いても、どんなに涙を流しても、
言葉にするには物足りない。
走っても走っても地平線は遥か遠く、近づいた感じはない。

むしろ疑問の方が頭から離れない。
なんで、こんなにも物足りなさを感じるような人間になってしまったんだろう。
物事に疑問を感じる私という1人の人間は、ただただユニークで、
その前提に立ち返るとなるとあまりに哲学的過ぎて、
宇宙ほど広い世界の中に放り出されるような感覚しか掴めない。
その感覚すら物足りない。

ただただ、質を上げたい。
前提を問いただし、閉ざされた世界で視点を広げて想像すると、
次のステップに移る行動をするために必要な準備は質を上げること。
理想なんて幻想でしかない。掴めない、届かない。見えない、触れられない。
わかってはいても、質を上げたいという欲求は生きていくエネルギーになっている。
ただただ、質を上げたい。そのためには何も惜しまない。
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by dec5hiro | 2010-05-16 00:47 | Soliloquy
身勝手な願い
田舎に帰ってました。GWだったので。
平和な熊本、平和な環境、平和ぼけ。
良い意味で田舎というものは存在し続けて欲しいと、
身勝手ながら思ったものでした。
都会で過ごす日々や都会の文化、都会の時間に慣れてしまったせいか、
ジブンのWANTSを一番にしてしまう癖がついてしまったようです。
自己実現欲求の動機レベルが落ちたというか。
他人の幸せまで大事に出来る人間でありたいと思っていたのに。

物欲が絶えないのも、現状に満足しきれていない証拠なんだろうと思います。
精神衛生に帰省がとても効果的であることもその証拠だろうね。
ただ、帰省に関わらず親の小言がピーク値になりつつあるように思うこの頃。
精神衛生上、親の小言は意識的に頭で処理できるようにしていますが、
どうしても心に入り込んでしまうと後が厄介ですね。
正直、放っておいてほしいもんです。
またも身勝手な願い。

そうそう。
3月・4月と多忙な日々を過ごして、働くパパ達に頭が上がらないようになりました。
世のママ達にもっとパパ達を理解してあげてほしいと思います。
身勝手なお願いはまだまだ続きそうです。

今日は夕方ZEDを観に行きます。
GW最後のお楽しみ。
では、またね。
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by dec5hiro | 2010-05-05 13:38 | Soliloquy
洞察
見失いつつあるのは輪郭じゃなくて本質にある気がする。
単純な予測をしなきゃいけないんじゃなくて
前提となる洞察に基づく行動が必要だと、
あれほど叩き込まれたはずなのに。

本質はどこにあるだろう。
私自身の内面を磨くのか。それとも外面を大事にするのか。
確かに外面は世渡りに無くてはならないけど、
内面は私を水平に立たせ、真っ直ぐ歩くために欠けてはならない。

今、私は前提を見直す必要に迫られている。
前提を見直す、ということは円滑に進んでいることに対する
問題意識とか客観的視点を持って原点に立返るということ。

ここにいる、ここでうまく生きていけてる、ということは
何かしらの前提が働いているということ。
その前提が壊れるとか、欠けるとか、失われるとか、
そういった損失を被ることを、安全な場所にいる時に
十分な時間と情報を元に再検討しなければならない。

たとえば、私が大切な人を失うとしたら。
たとえば、今の仕事がなくなるとしたら。
たとえば、私の健康が失われる事態が起きたら。
たとえば、民事・刑事に関る犯罪の被害にあったら。

ちゃんとその時の為のクッションなり、バックアップなり、
確保しておくことが本当はこの余裕のあるときの一番のタスクだろう。
浮かれている時ではない。

この不確かな世知辛い世の中においても、
常に洞察し続け行動することにだけ、確かな意味がある。
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by dec5hiro | 2010-04-19 20:43 | Soliloquy
問い
他人を一生愛し続けるなんて私に出来るんだろうか。
私にとって他人は敵であってライバルであって
簡単に信頼の出来ない生き物でしかないはず。
例え多少の信用を置ける存在が出来たとしても
刹那的であることはよーくわかってるつもり。

愛し続けられるとしたら、親でもなく自分でもなく
本当に失いたくない、と願うことの出来る存在。
簡単に思い浮かべられるのは姉だけ。

どんな状態であれ、どんな環境であれ、
何を思い、何を必要とし、何を大事に思うか、
そういったことが無関係であって、
それでいて私が出来ることを全て注いでもいいから
失いたくないと思う。

今、そのステータスに彼を並べられるか?

問うことは容易い。
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by dec5hiro | 2010-04-14 21:18 | Soliloquy
社会人4年目になりました。
久しぶりすぎて何を残したらいいのかわからない。
この1ヶ月、本当に忙しかった。
日付も曜日もわからなくなるくらい働いた。
総合的に見返すと、いい経験をさせてもらえたと思う。
でもあんなに忙しく働くのは性に合わないということも気付いた。
私は適度に働きながら、適度なお給料もらって、
美味しい朝ごはん・夕ご飯を彼と一緒に食べながら、
充実感を味わえる毎日を過ごせれば満足なのだと思う。
その為の努力なら惜しまずやれる、と気付いた。

彼の長年の知り合いに紹介してもらった。
あまりにも突然に場のセッティングが進んで、
心の準備が出来ないまま事が終わった。
思い出しても、とても感じのいい人たちで楽しい時間だった。
そして、生まれて初めて紹介してもらったことを思うと、
純粋に感動を覚える。
彼の知り合いからすると、私は相手にし辛いかもしれないのだけど、
身構えることなく自然に接してくれた事の心の広さが
とても嬉しかったし、そんな人たちが周りに居る彼が羨ましかった。

土曜日に六義園と日比谷公園に出かけた。
ずっとポカポカというわけでもなく、日陰は寒かったのだけど、
六義園は思ってたより桜が地味(!)で、
もう少し花見ムードが欲しかった私たちは日比谷公園に。
なぜ日比谷かというと、有楽町ビックカメラで
Xperiaの実機を見たかったから。
手に取った感じは思ったより大きいということ。
でも薄さは良かった。重たい感じもなし。
ただ、白は裏面がエナメル素材なのに対して
黒はスムース素材(?)で光沢感なし。
どうしてもエナメル素材は指紋がテカるのがいただけないので、
それを避けたんだろうなぁ、とは思ったけど
やっぱりエナメル素材の高級感が好きだと気付いた私。
この夏にiPhoneから新機種が出ることを祈りつつ、
Xperiaの購入は見送ることに。

不憫だと言われた。
私の選択は私を不憫に見せているらしい。
いや、私の選択を不憫に思っている人がいて、
私がなんとも思ってないばかりか、幸せだと思っていることに
腹立たしさを隠そうともしない人がいる。
私は私が良かれと思った選択が出来るもんだとばかり思ってたのに
どうやら世の中そうじゃないと、押し付けてくる輩がいる。
マイノリティは私だろうと思う。いや、思ったほうが気が楽だ。
私の中では、私はマイノリティじゃない。
私の中で不憫なのは、むしろ
怒りの本当の矛先を向ける相手に気付かない人たちの方だ。
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by dec5hiro | 2010-04-05 21:04 | Soliloquy